イ ン タ ビ ュ ー に 答 え る 尾 身 茂 さ ん = 東 京 都 千 代 田 区 「ここは学会じゃない」声荒らげた尾身氏 宣言下、専門 家同士の激論 聞 き 手 = 阿 部 彰 芳 編 集 委 員 ・ 辻 外 記 子 2 0 2 3 年 9 月 2 8 日 1 6 時 3 0 分 尾 身 茂 氏 イ ン タ ビ ュ ー コロナ禍で 100 以上の提言を発表した専門家 集団。そのとりまとめ役の尾身茂・結核予防会 理事長が提言づくりの内幕を描いた新著を発 表した。尾身氏は「我々の提言が完璧とは思っ ていない」という。なぜ今、過去を振り返るの か、その意図を聞いた。 【 速 報 】 コ ロ ナ 対 応 、 岸 田 政 権 は 「 信 頼 損 な う 」 判 断 も 尾 身 氏 が 3 政 権 分 析 ―― 2020 年 5 月 8 日、最初の緊急事態宣言の解除の条件を議論する勉強会で、「一体何を考え ているんだ」と声を荒らげたと書いています。 ある程度、定量的にわかる客観的な解除の目安を作ることは、勉強会の 4 日前に政府の基本的 対処方針等諮問委員会で合意していた。国は早く解除したい、でも専門家は違う。だから、考え 方の基本がないと恣意(しい)的になる。私は政府との交渉役だから、その合意事項をよく覚えて いる。 でも、勉強会には委員会のメンバーでない人もいるし、仮にメンバーでも、私ほどこの合意に関 心がなかったかもしれない。自分の専門領域のことが当然頭にある。だから、「感染がゼロになっ てから解除するべきだ」とか「宣言は 1 ~ 2 年継続するべきだ」という意見が出た。このとき、私は 「何を考えているのか」とか思った。 そもそも、緊急事態宣言を出すとき、安倍晋三首相(当時)との会見で三つの理由を示していま した。①感染が拡大して、②医療が逼迫(ひっぱく)し、③クラスター対策が出来なくなっている。だ から、宣言を出した理由がなくなれば、解除するのは当たり前と思っていた。 ――「ここは学会ではない」と言ったこともあったそうですね。 我々は学会発表をしているのではなくて、政府へ何かしら提言をする。提言は直接的、間接的 に国民生活に影響するわけです。だから、研究者には酷なことだと十分わかっていたが、厳密な エビデンス(科学的根拠)がないから何も言えないのであれば、専門家の存在理由がなくなる。 「ここは学会じゃない」「専門家としての判断や考えを言うことが必要だ」ということは何回か言った と思う。 「 記 者 会 見 の 時 間 は 微 々 た る も の 」 ――著書では、専門家同士の内部での意見の相違や立場の違いを詳細に書いています。 歴史の検証の参考になればという思いがあった。我々の最大の仕事は、政府に提言を出すこ と。提言の裏には、どの状況でどう考えたのか、何らかの根拠があるわけです。 しかし、提言をつくる過程で正解はない。合理的で、しかも人々に理解してもらえる内容に落とし 込むのは、そう簡単ではない。専門家といえども、完璧な人はいないし、専門性や価値観、経験 が違うから、考え方も違う。 だから、それぞれの意見をぶつけ合うことでしか、提言をまとめることはできなかった。 提言をつくる過程の、時に激しいやり取りを一つの事実として知ってもらうことで、新しい専門家 の助言組織に、少しで参考にしてもらいたいという思いがある。 私が言うのはおかしいけど、専門家はみんな非常に責任感が強い。だから、自分の思っている ことを他の人に嫌がられるから言わない、という態度は取らなかった。一方で、何とか早く提言を まとめたい思いもある。これが、時に声を張り上げた激論の背景です。 強調したいのは、私たちがこの 3 年半、最も多くのエネルギーと時間を費やしたのは、提言の作 成だということ。どういうデータ、根拠、言い回しでつくるか。会議や国会答弁、総理との記者会見 に使った時間は微々たるものです。 その何百倍かという時間を提言作成に使ってきた。合理的で社会にも理解してもらうためには、 この方法しかなかった。 厚 労 省 が 反 対 「 こ こ は ま ず い 」 ――初期のころ、提言づくりの事務的な応援を厚生労働省に求めるかどうかが、専門家の間で 問題になりました。尾身さんが議論を収めたそうですね。 初期は特に非常に緊迫感があった。こちらが書いた文書に対し、厚労省が「ここはまずい」と反 対することが何度かあった。厚労省は行政として当然のことを言う。一方、専門家は学者の良心 として主張を通したいと思う。これも当然のこと。政治的な配慮で、自ら信じていること、考えてい ること、知っていることを言えなくなる状況は避けたいと思う。 ここは非常に微妙だけど、政府と情報交換や意見交換はする。でも、専門家としてここだけは絶 対譲れないところがある。何が何でも政府と同じ風にする、ということでもない。 人間関係をスムーズにしたいという思いは人間誰しもあるけど、本当に大事なときに、それを優 先するべきではない。人間関係よりもっと大事なものが、ときにある。みんなには「絶対に譲るべ きでない点ははっきり主張する」「命をかける覚悟で厚労省に言う」と言った。 踏 み 込 め な か っ た 命 め ぐ る 価 値 観 ――平時への移行にあたって、「どうしても出せなかった提言」があるそうですね。 岸田文雄首相が 22 年 9 月 6 日、「社会経済活動との両立を強化する」と表明して 2 日後、基本的 対処方針分科会があった。そこで私は「社会経済活動への制限を緩めることは、重症者が出るこ とにもつながるので、国はどこまで許容するのか議論を始めなくてはいけない」と、委員の意見を まとめる形で発言した。 最初の緊急事態宣言解除で目安が必要だったように、基本的な考えがないと、恣意(しい)的に なって理解は得られないという思いがあった。 超過死亡、(死亡年齢や障害度を加味した)障害調整生存年、インフルエンザとの死者の比較 など、どれが一番いい目安か、納得感があるか。勉強会で議論したが、結局うまくいかなかった。 提言は内容や目的に科学的な合理性があることが大事。加えて、これが学会と違うところだ が、人々に納得や理解をしてもらわなきゃいけない。選挙で選ばれているわけでもない専門家 が、価値観に踏み込むテーマを議論するべきか? 感染対策と社会経済をどう両立させるか。恣意的にしたくないから議論を始めたけれど、価値 観の問題で突っ込んで行っても、人々の理解は得られないんじゃないのかと思った。 ――「 5 類感染症」への移行の議論では、勉強会の専門家の間で慎重派と推進派に割れまし た。 専門家の中で、データを毎日見ている西浦博さん(京都大教授)や押谷仁さん(東北大教授) は、準備なしに 5 類になれば、どういうことになるか想像がつくわけです。この感染症は、まだ完全 には普通の病気になっていない。 一方、経済の専門家たちは、経済の視点から見ますよね。もう普通に社会経済を回そうと、経 済学者の大竹文雄さん(大阪大教授)、小林慶一郎さん(慶応大教授)たちは考える。 「阿南ペーパー」(阿南英明医師ら専門家有志が 22 年 8 月 2 日の記者会見で公表したコロナ対策 緩和の提言)でも、押谷さんの意見はなるべく取り入れた。それでも彼はデータを見ている責任者 として、名前を載せるべきではないと思ったのでしょう。彼の考えはよくわかるし、もちろん尊重し た。 一方、この感染症はもともとゼロにはできない。致死率が下がってきて、同時に多くの人々が普 通の生活に戻りたい、社会経済を元に戻したいと思っている。これは、いい悪いじゃなくて、そうい う感覚がもう社会に充満してきているわけです。 そういう中で、バランスをどうするかが一番大事だと思い、私も阿南ペーパーに名を連ねた。 専 門 家 を ス ル ー し た 岸 田 政 権 ――岸田政権期では、政府が専門家と協議せずに決めたり、相談していないのに相談したと 言って進めたりしたケースがありました。専門家が軽んじられているということはありませんでした か。 三つの政権のコロナ対応は、感染状況や医療の逼迫(ひっぱく)などに規定された部分が多 かったと思う。岸田政権期では、社会経済を回す時期に来た、したがって政治自ら決めるべき時 期に来たと認識したのだと思う。 政府が、何が何でも専門家の意見を聞かなければ政策決定できないなんてことない。我々の 言ったことを拒否することもありうる。しかし、そうであれば、その理由を明確に説明することが政 策決定の透明性のためにも求められると思う。 政府と専門家の関係は、パンデミックでは重要なテーマの一つです。総理大臣を含め、政治家 は森羅万象を考えているわけだが、パンデミックは一義的には医学的、公衆衛生学的な問題だ。 だから、専門家の意見を聞いたうえで、最終的に政府が判断する。専門家が言ったことは当然あ る程度、影響する。専門家と政府の関係で、どんなことがあったのか、やっぱり分析しておくこと が次につながる。 ――著書を読むと、専門家が主導し、政府が動くケースが多かったようです。 9 月に内閣感染症 危機管理統括庁ができて、今後は政府主導が強まると思いますか。 この本を出した理由はいくつかあるけど、その一つがやっぱり今回の我々と政府の関係。ある 意味、特殊だったと思います。 2009 年に新型インフルエンザが発生したとき、私は諮問委員会の委員長だったが、こんなに前 面に出ることはなかった。だけど、今回はこういうことになった。これは一つのケーススタディー (事例研究)になる。今回の経験を踏まえて、何が足りなくて、何がよかったのか。事実に基づい て考えていくことが重要だと思う。 政府と専門家がどういう関係を持つべきか。日本の文化、風土に合ったものは何なのか。欧州 のまねをしてもうまくいかないと思う。今回だって、政府と専門家の関係でうまくいった国なんて私 は知りません。それだけ、この問題は非常にデリケートな問題なんだよね。 政治家はリーダーシップを危機で発揮したいと思うし、発揮するべきだと思う。ところが、パンデ ミックは、消費税をどうする、ウクライナ支援をどうするという話とは違う。専門家の意見を聞いた うえで、どう最終判断するかが重要になる。 ――判断材料が政府側にないということですか。 政治家はデータを毎日見ているわけじゃない。しかし、我々の提言もデータや時間、人的な面で 制約があり、完璧だなんて思っていない。だから、これまでの提言がそれぞれの時点で妥当だっ たのか、適切だったのか、評価はあってしかるべきだと思うし、検証を望んでいる。(聞き手 = 阿部 彰芳、編集委員・ 辻外記子 ) おみ・しげる 1949 年生まれ。自治医科大卒。 2022 年から公益財団法人結核予防会理事長。世 界保健機関( WHO )西太平洋地域事務局長として、 SARS (重症急性呼吸器症候群)対策などの 陣頭指揮をとる。 20 年 7 月~ 23 年 8 月、新型コロナウイルス感染症対策分科会会長。専門は感染 症、地域医療。 新 型 コ ロ ナ ウ イ ル ス 最 新 情 報 最 新 ニ ュ ー ス や 感 染 状 況 、 地 域 別 ニ ュ ー ス 、 予 防 方 法 な ど の 生 活 情 報 は こ ち ら か ら 。 [ も っ と 見 る ] 朝 日 新 聞 デ ジ タ ル に 掲 載 の 記 事 ・ 写 真 の 無 断 転 載 を 禁 じ ま す 。 す べ て の 内 容 は 日 本 の 著 作 権 法 並 び に 国 際 条 約 に よ り 保 護 さ れ て い ま す 。 C o p y r i g h t © T h e A s a h i S h i m b u n C o m p a n y . A l l r i g h t s r e s e r v e d . N o r e p r o d u c t i o n o r r e p u b l i c a t i o n w i t h o u t w r i t t e n p e r m i s s i o n . 「朝日新聞デジタルを試してみたい!」というお客様にまずは お得にお試し体験 今 す ぐ お 試 し ( 秋 ト ク キ ャ ン ペ ー ン 中 )