ハルノキ 1年目 ・ 第1 巻 ・シーン 1 恋 愛 ・ 日常 ・ 青春 いつもの 月曜日 Harunoki ライトノベル・ 試 し 読 み シーン 第 1 章 ハルノキ いつもの 朝 ごく 普 通 の 月曜 日 目 覚 まし 時 計 が 午 前 6 時 28 分 に 鳴 った。 二 度 目 が 鳴 る 前 に アラームを 止 め、 僕 はもう 少 しだけ ベッド に 横 になっていた。 カーテン の わ ずか な 隙 間 から 差 し 込 む 淡 い 朝 の 光 が、 机 の 上 を 照 らしている。 外 を 車 が 一 台 通 り 過 ぎた。その 少 し 後 、 近 所 のどこかで 玄 関 の ドア が 閉 まる 音 がした。 僕 は 窓 のほうへ 顔 を 向 けた。 空 はゆっくりと 明 るくなり 始 めていた。 今 日 から、 僕 は ハルノキ 高 校 に 通 う。 今 日 がど ん な 一 日 になるのか、 前 もって 考 えてはいた。 入 学 後 の 説 明 、 教 室 、いくつかの 事 務 的 な 連 絡 。 自 己 紹 介 を することもあるかもしれない。それ 以 上 のことは、まともに 予 想 できそうに な かった。 だから、 起 きることにした。 カーテンを 開 け、 ベッドを 整 え、それから 洗 面 所 へ 向 かった。 冷 たい 水 で 顔 を 洗 うと、 眠 気 がよ うやく 消 えていった。 部 屋 に 戻 ると、 制 服 が 椅 子 の 背 もたれにきち ん とかけてあった。 白 い シャ ツ 、 暗 い 赤 色 の ネクタイ 、 濃 い グレー の ズボン 、そして 濃 い グレー の ブレザー 。 制 服 に 着 替 え、 ネクタイを 結 ん だ。 結 び 目 が 曲 がっていたので、いった ん ほどいてやり 直 した。 二 度 目 で、よう やくきれいに 結 べた。 鏡 に 映 った 自 分 を 少 しだけ 眺 めた。 自 分 自 身 は 何 も 変 わ っていないはずなのに、 制 服 を 着 ると、 どこか 見 慣 れない 姿 に 見 えた。 襟 元 を 整 え、 机 のほうへ 向 き 直 る。 通 学 かば ん は 椅 子 の 横 に 置 いてあった。 前 の 晩 に 準 備 しておいたけれど、 念 のため 中 身 を もう 一 度 確 認 する。 ノート 、 筆 箱 、 書 類 、 財 布 、 鍵 。 署 名 済 みの 書 類 は 前 の ポケット に 入 っている。お 弁 当 箱 は 朝 ⻝ の 後 で 入 れるつもりだった。 ファスナーを 閉 める。 忘 れ 物 はない。 キッチン から ⻝ 器 の 触 れ 合 う 音 が 聞 こえてきた。 「 マサト ? 朝 ごは ん 、もうすぐできる わ よ」と 母 さ ん が 呼 ん だ。 「 今 行 くよ」 1―― JA ―― キッチン に 入 ると、 母 さ ん は コンロ の 前 に 立 っていた。 父 さ ん は テーブル に 座 り、 タブレット で ニュースを 読 ん でいる。 ミユ はその 向 かいに 座 っていた。 彼 女 の 前 には、 縁 の 一 部 が 欠 けた 茶 碗 が 置 かれていた。 僕 の 視 線 に 気 づいた ミユ が 言 った。 「 何 も 言 わ ないで」 僕 は 椅 子 を 引 いた。 「まだ 何 も 言 ってないけど」 「 言 わ なくても わ かるの。その 目 を 見 ればね」 僕 はもう 一 度 、 茶 碗 に 目 を 向 けた。 「じゃあ、 僕 が 何 を 聞 こうとしたのかも わ かる ん だ」 「 手 から 滑 り 落 ちちゃったの」 「それで、 縁 は ? 」 「 邪 魔 だったの」 僕 は 彼 女 を 見 た。 ミユ は、まるで 今 の 説 明 が 完 全 に 筋 の 通 ったものだとでもいうように、 平 然 と 僕 の 視 線 を 受 け 止 めていた。 「 受 け 止 めようとした ん だから」と、 彼 女 は 付 け 加 えた。 「 失 敗 した ん だね」 「それくらい、もう 自 分 でも わ かってる」 「よかった。 認 識 が 一 致 してるね」 ミユ は 首 を 振 ったが、 笑 み を 隠 しきれてはいなかった。 「 朝 から 本 当 に 役 に 立 たない ん だから」 「 助 けてほしいな ん て 頼 まれてないけど」 「これからは 何 も 話 さないようにしようかな」 「そうしたら、 日 常 生 活 がかなり 不 便 になると 思 うよ」 ミユ は 何 か 言 い 返 そうとして 口 を 開 いたが、 少 し 考 えたあと、とうとう 笑 い 出 した。 「 本 当 にもう、どうしようもないお 兄 ちゃ ん 」 「よく 言 わ れるよ」 「でしょうね」 「 二人 とも、 言 い 合 いが 終 わ ったなら、そろそろ 朝 ごは ん にしましょう」と、 母 さ ん が 料 理 をテ ーブル に 並 べながら 言 った。 「もう 終 わ ってたよ」と ミユ は 主 張 した。 母 さ ん は 欠 けた 茶 碗 に 目 を 向 けた。 「そうなの」 父 さ ん は コーヒーカップ の 陰 で 笑 み を 隠 した。 僕 たちは 席 に 着 いた。 朝 ⻝ はご 飯 と 味 噌 汁 、それに 卵 焼 きだった。 湯 気 が 椀 から 立 ち 上 る。 外 で は、 最 初 の バス が 通 り を 走 っていた。しばらくの 間 、 僕 たちは ⻝ 事 に 集 中 した。 やがて 父 さ ん が タブレットを 脇 に 置 いた。 「 書 類 は 全 部 持 ったか ? 」 「う ん 」 「 署 名 した 書 類 も ? 」 「 前 の ポケット に 入 ってる」 父 さ ん は 満 足 そうにうなずいた。 「よし」 ミユ が 箸 を 置 いた。 「かば ん 、 何 回 確 認 したの ? 」 「 三 回 」 彼 女 は 信 じられないという 顔 で 僕 を 見 た。 「 本 当 に 三 回 も 確 認 したの ? 」 「う ん 」 「な ん で ? 」 「 全 部 入 ってるか 確 かめたかったから」 「 二 回 目 でも、まだ わ からなかったの ? 」 「いや、 わ かってたよ」 「じゃあ、な ん で 三 回 目 ? 」 僕 は 少 し 考 えた。 「たぶ ん 、 癖 だね」 ミユ は 椅 子 にもたれた。 「 少 なくとも、 正 直 ではある ん だね」 「そのほうが 時 間 の 節 約 になるから」 「お 兄 ちゃ ん の 場 合 はね」 父 さ ん は 再 び カップを 手 に 取 った。 「 今 日 、 学 校 の 事 務 室 まで 三 回 も 戻 ることにならないなら、 かば んを 何 回 確 認 しようと 構 わ ないよ」 「その 必 要 はないと 思 う」 「そうだといいがな」 母 さ ん が 僕 のかば ん の 横 にお 弁 当 箱 を 置 いた。 「お 昼 用 よ。ちゃ ん と ⻝ べるのよ」 「う ん 。ありがとう」 「いつもそう 言 う ん だよね」と ミユ が 口 を 挟 ん だ。 「たいていはちゃ ん と ⻝ べてるよ」 「たいてい、ね」と 彼 女 は 繰 り 返 した。 僕 はそれ 以 上 言 い 返 さなかった。 ミユ は 僕 の 習 慣 を よく 知 っている。これ 以 上 話 し 合 ったところ で、 何 も 変 わ らないことも わ かっていた。 しばらく、 今 日 の 予 定 について 話 した。 ミユ は 時 間 割 を 確 認 し、 授 業 で 使 う 教 室 の 場 所 も 覚 えて いた。 彼 女 の 学 校 では クラス 替 えがあったため、 今 年 度 を 一 緒 に 過 ごすことになる 相 手 が 誰 なの か、まだはっきりとは わ かっていなかった。 「 知 ってる 子 も 何 人 かいる ん だけどね」と ミユ は 言 った。 「 同 じ クラス になれたかどうかは、ま だ わ からない ん だ」 「 今 日 になれば わ かる わ よ」と 母 さ ん が 言 った。 「それくらい わ かってるよ」 「でも、まるで 試 験 みたいに 聞 こえる わ ね」 「ちょっとそ ん な 感 じがする ん だも ん 」 ミユ は 再 び 箸 を 手 に 取 った。 何 気 ない 口 調 ではあったが、 指 先 はさっきより 落 ち 着 きなく 動 いて いた。 彼 女 は、 自 分 が 不 安 になっていること を 素 直 に 認 めるのがあまり 好 きではない。 何 か 気 が かりなことがあると、 言 葉 にすることで、それ を 少 しでも 小 さく 見 せようとすることが 多 かった 。 「きっと 大 丈 夫 だよ」と 僕 は 言 った。 ミユ は 僕 を 見 た。 「ずいぶ ん 自 信 がある ん だね」 「 ミユ のことは 知 ってるから」 「それが 保 証 になる わ けじゃないけど、まあ、な ん とかなるよ ね」 彼 女 は 少 しの 間 、 黙 り 込 ん だ。どうやら、もっと ⻑ い 返 事 を 期 待 していたらしい。 「もう 少 し、 励 まそうとしてくれてもいい ん じゃない ? 」 「 わ からないことまで、 無 責 任 に 約 束 しないよ うにしてる ん だよ」 ミユ は 僕 を しばらく 見 つめた。それから、 表 情 が 少 し 柔 らかくなった。 「そ ういうところ、 本 当 にお 兄 ちゃ ん らしいね」 「それは 褒 め 言 葉 だと 思 っておくよ」 「 別 に 悪 い 意 味 で 言 った わ けじゃないよ」 母 さ ん は 微 笑 み、それから 再 び 朝 ⻝ に 目 を 向 けた。 父 さ ん が カップを 置 いた。 「 マサト 、もう 一 つだけ」 僕 は 顔 を 上 げた。 「 今 日 は、 何 もかも 完 璧 にこなせると 証 明 する 必 要 はない。まずは 学 校 に 慣 れることから 始 めな さい。ほかのことは、そのあとでいい」 箸 を 持 つ 僕 の 手 が、 椀 の 上 で 一 瞬 止 まった。 「 わ かった」 父 さ ん はうなずき、それ 以 上 は 何 も 言 わ なかった。 僕 が 緊 張 しているかどうかも 尋 ねなかった。 そ ん なこと を 聞 いても、 僕 が 詳 しく 答 えないだろうと わ かっていたのかもしれない。 特 別 、 不 安 だった わ けではない。 少 なくとも、 自 分 でもはっきり 言 葉 にできるほどではなかっ た。 新 しい クラス がど ん な 雰 囲 気 なのか、 先 生 たちはど ん なふうに 授 業 を 進 めるのか、 学 校 の 中 を すぐに 覚 えられるのか。そういうこと を 知 りたかった。でも、 家 で 考 え 続 けていても 答 えは 見 つ からない。 だから、 僕 は ⻝ 事 を 続 けた。 ⻝ べ 終 わ ると、 ミユ と 一 緒 に ⻝ 器 を 片 づけた。 彼 女 が 自 分 の カップを すすいでいる 間 に、 僕 は 椀 を 流 しに 運 ん だ。そのあと、 母 さ ん からお 弁 当 箱 を 受 け 取 り、かば ん に 入 れた。 ミユ は スマート フォンを 確 認 し、 リュック の ファスナーを 閉 めた。 「 準 備 できた ? 」と 僕 は 尋 ねた。 「う ん 」 彼 女 は 僕 を 見 た。 「お 兄 ちゃ ん は ? 」 僕 はかば ん に 手 を 伸 ばした。 「もうここに 立 ってるけど」 「そういうこと を 聞 いてる ん じゃないの」 「じゃあ、できてるよ」 「ほら、 聞 けば 簡 単 に 答 えられるじゃ ん 」 彼 女 は 玄 関 へ 向 かい、 僕 もそのあとに 続 いた。 母 さ ん がもう 一 度 キッチン から 出 てきた。 「 二人 とも、いってらっしゃい。 何 か 予 定 が 変 わ ったら 連 絡 してね」 「 わ かった」と ミユ が 答 えた。 父 さ ん は テーブル から 手 を 上 げた。 「 二人 とも、 頑 張 っ てこいよ」 「またあとで」と 僕 は 答 えた。 それから 玄 関 の ドアを 開 けた。 朝 の 空 気 はひ ん やりしていた。 通 りは、 三 十 分前 よりもずっと 賑 やかになっていた。 自 転車 が 一 台 、 僕 たちの 横 を 通 り 過 ぎる。 道 の 反 対 側 では 誰 かが 犬 を 散 歩 させていて、 小 さな 店 の 前 には 配 達 用 の 車 が 止 まっていた。 ミユ が 僕 の 隣 に 立 ち、 リュック の 位 置 を 直 した。 「じゃあ、 行 こう」 僕 たちは 通 り を 歩 き 始 めた。しばらくは 同 じ 方 向 へ 進 む。 小 さな 前 庭 や 低 い 塀 、 窓 の 開 いた 家 々 、そしてちょうど シャッターを 開 け 始 めた 店 の 前 を 通 り 過 ぎていった。 ミユ は、 前 の 晩 に メッセージを やり 取 りしていた 友 達 の 話 を した。その 子 と 同 じ クラス になれた かどうかは、まだ わ からないらしい。 誰 に 最 初 に 会 うことになるのか、あれこれ 考 えながら 話 し ていた。 僕 は 話 を 聞 き、ときどき 質 問 を した。 彼 女 の 考 えすべてに 答 え を 出 す 必 要 はないし、 沈 黙 のたび に 何 か を 話 す 必 要 もない。 僕 たちは、お 互 いにそういうことが わ かるくらいには ⻑ い 時 間 を 一 緒 に 過 ごしてきた。 大 きな 交 差 点 に 着 いたころ、 ミユ は 少 し 口 数 が 減 った。 「お 兄 ちゃ ん は、 緊 張 してる ? 」と 彼 女 が 尋 ねた。 僕 は 前 を 見 た。 信 号 待 ち を している 人 たちの 中 に、 僕 と 同 じ 制 服 を 着 た 生 徒 が 二人 い た。 「 少 しはね」 彼 女 が 顔 を 向 けた。 「 本 当 に ? 」 「 聞 いたのは ミユ だろ」 「そうだけど。お 兄 ちゃ ん は、 私 ほど 緊 張 してないと 思 ってた」 「そうかもしれないね」 「それじゃ、あ ん まり 安 心 できない ん だけど」 僕 は 信 号 を 待 つ 人 たちに 目 を 向 けた。 楽 しそうに 話 している 人 もいれば、 スマートフォンを 見 な がらうつむいている 人 もいた。 周 りの 人 が 緊 張 しているかどうか を 気 にしているような 人 は、 誰 もいないように 見 えた。 「 僕 だって、 今 日 がど ん な 一 日 になるかは わ からないよ」と 言 った。 「とりあえず 行 って、 実 際 に 見 てみるだけ」 ミユ は 少 し 黙 った。 「お 兄 ちゃ ん が 言 うと、 簡 単 そうに 聞 こえるね」 「 簡 単 なことだよ。 気 楽 にできるとは 限 らない けど」 彼 女 は 横 目 で 僕 を 見 た。 「いつからそ ん なこと を 素 直 に 認 めるようになったの ? 」 「 別 に、 悪 いことだとは 言 ってないよ」 信 号 が ⻘ に 変 わ った。 僕 たちはほかの 人 たちと 一 緒 に 道 路 を 渡 った。 数 歩 進 ん だところで、 ミユ が 再 び 口 を 開 いた。 「み ん なもう 友 達 を 作 っていて、 私 だけ 誰 も 知 らなかったら、それが 一 番 嫌 かもしれない」 僕 はどう 答 えるべきか 考 えた。きっと 友 達 ができる、と 言 うこともできた。でも、 彼 女 の クラス メート がど ん な 人 たちなのか、 僕 には わ からない。 根 拠 のない 約 束 を したところで、 何 かが 変 わ る わ けでもなかった。 「 初 日 から、み ん なとうまくやる 必 要 はないよ」と 僕 は 言 った。 ミユ が 僕 を 見 た。 「そ ん なこと、 わ かってる」 「ならいい」 「お 兄 ちゃ ん は、いつもすぐに 解 決 策 を 出 そうとしなくてもいい ん だよ」 僕 は 少 し 黙 った。 「じゃ あ、 何 て 言 えばいいの ? 」 彼 女 は 肩 を すくめた。 「ただ、 私 の 言 いたいことが わ かるって 言 ってくれればいい ん じゃない ? 」 僕 は 彼 女 を 見 た。 「 言 いたいことは わ かるよ」 ミユ の 肩 から、 少 しだけ 力 が 抜 けた。 「ありがとう」 僕 たちは 別 の 話 題 に 切 り 替 えた。 ミユ は、 休 み 中 に 読 ん だ 本 について 話 し 始 めた。 僕 はその 本 を 知 らなかったので、 彼 女 があらすじ を 説 明 してくれた。 結 末 があまりにも 唐 突 だったことについ ても、 不 満 を 口 にしていた。 「お 兄 ちゃ ん も 読 む ? 」と 彼 女 が 尋 ねた。 「たぶ ん ね」 「それ、 読 まないって 意 味 でしょ」 「 考 えてみるって 意 味 だよ」 「 絶 対 に 読 まないじゃ ん 」 「じゃあ、もう 聞 かなくていい ん じゃない ? 」 彼 女 は 笑 った。 僕 は 話 を 聞 きながら、やがて 道 が 分 かれる 交 差 点 にたどり 着 いた。 ミユ は 左 に 曲 がって 学 校 へ 向 かい、 僕 はまっすぐ 進 ん で ハルノキ 高 校 へ 向 かう。 何 人 かの 生 徒 が 通 り 過 ぎる 中 、 僕 たちは 歩 道 の 端 で 立 ち 止 まった。 「じゃあ」と ミユ は 言 い、 リュックを 整 え た。 「ここからは 別 々だね」 「 道 は わ かってるだろ」 「そういう 意 味 じゃないよ」 彼 女 の 声 が 少 し 小 さくなった。 前 方 の 道 を 見 つめ、それから 再 び 僕 を 見 た。 僕 には、その 表 情 に 見覚 えがあった。 ミユ は 新 しいことにも 前 向 きに 取 り 組 める 性 格 だ。でも、 知 らない 環 境 に 不 安 を 感 じないという わ けではない。 「きっと 大 丈 夫 だよ」と 僕 は 言 った。 彼 女 は 口 を 尖 らせた。 「それ、 私 がお 兄 ちゃ ん に 言 おうと 思 ってたのに」 「じゃあ、お 互 い 同 じこと を 考 えてたってことだね」 彼 女 の 顔 に、 小 さな 笑 みが 浮 か ん だ。 「 今 日 は 何 人 かに 話 しかけてみなよ。いきなりみ ん なと 仲 良 くなる 必 要 はない ん だから」 「そのつもりだよ」 「それと、 帰 ってきたら、ど ん な 一 日 だったか 教 えてね」 「 ミユ も 自 分 のこと を 話 してくれるな らね」 「 約 束 」 彼 女 は 左 に 向 き を 変 え、 歩 き 始 めた。 数 歩 進 ん だところで、もう 一 度 振 り 返 った。 「 マサト ? 」 僕 は 彼 女 を 見 た。 「 頑 張 ってね」 僕 は 軽 く 手 を 上 げた。 「 ミユ もね」 それから 彼 女 は 歩 いていった。 僕 は 立 ち 止 まって 見 送 ることはしなかった。 ミユ は 道 を 知 っているし、 必 要 なものも 準 備 してい た。どこへ 行 けばいいのかも わ かっている。 今 の 僕 にできることは、もうほと ん どなかった。 午 後 になれば、また 顔 を 合 わ せる。 僕 はそのまま 歩 き 続 けた。 一 つ 通 り を 進 むごとに、 出 会 う 生 徒 の 数 が 増 えていった。 楽 しそうに 話 している 人 もいれば、 一 人 で 歩 きながら スマートフォン で 予 定 を 確 認 している 人 もいる。 店 の 前 では、 二人 の 男 子 生 徒 が 時 間 割 を 見 比 べていた。ある 女 子 生 徒 が 友 達 に 画 面 を 見 せると、 二人 そろって 笑 い 出 した。 僕 は、 誰 のことも 知 らなかった。 でも、それもいずれ 変 わ るだろう。 今 日 かもしれないし、もう 少 し 先 かもしれない。 今 から 気 に していても 仕 方 がなかった。 やがて、 ハルノキ 高 校 の 本 校 舎 が 見 えてきた。 入 学 関 係 の 書 類 に 載 っていた 写 真 では、もっと 小 さく 見 えた。 実 際 には、すでに 大 勢 の 生 徒 が 集 まり 始 めている 校 庭 の 向 こうに、 堂 々と 建 ってい た。 小 さな グループを 作 って 話 している 生 徒 もいれば、 掲 示 された 名 簿 から 自 分 の クラスを 探 してい る 生 徒 もいた。 スマートフォンを 見 ながら、 校 内 の 場 所 を 確 認 している 人 もいる。 僕 はかば ん の 肩 ひも を 掛 け 直 した。 これから 三 年 間 が 始 まる。 ど ん な 三 年 間 になるのか、 僕 にはまだ わ からなかった。これからのこと を 想 像 することはできて も、 答 えは 実 際 に 最 初 の 一 歩 を 踏 み 出 してみなければ 見 つからない。 今 日 のところは、ここまで 来 られただけで 十 分 だった。 僕 は 校 舎 の 入 口 へ 向 かい、 ハルノキ 高 校 の 扉 を くぐった。 © 2026 HARUNOKI. 公 式 アカウント : @harunoki_official 無 断 転載 ・ 無 断 利 用 を 禁 じます。